切迫早産だったのに、出産は予定日超過で誘発剤を使用

私の妊娠は初期の出血に始まり、緊張のスタートでした。

つわりは幸い重いほうではなく、吐いた回数も片手で足りる程度。出血が治まってからは、血圧も尿検査も体重も注意を受けることなく、赤ちゃんも順調に大きくなっていきました。

出産は里帰りを予定していたので、病院も32週くらいから里帰り先の病院へ転院して検診を受けることにしていました。

そして、その転院先での初めての検診でまさかの入院に!

子宮頸管という部分が短く、早産の心配があるということで先生から安静が言い渡されました。

外来からは車イスで病室へ移動。

入院のための準備は出産のときのために少しまとめただけで、しかもこの日は当然まだ持ち歩いたりはしていませんでした。

その日から約3週間、ひたすらベッドに横になる日々。

最初の頃はシャワーさえ浴びれず、お湯で絞ってもらったタオルで体を拭くだけでした。

それでも、私はまだお腹の張りもあまりなかったので、張り止めの飲み薬だけでよかったのですが、同じ病室には常時張り止めの点滴をしている方もいてとても大変そうでした。

赤ちゃんは毎日モコモコとよく動き、よほどはやく出たいのだと感じましたがまだ出してあげるわけにはいきません。

慎重に経過を見てもらい、頸管が入院時の1.8cmから3cmに回復したところで週数も正期産に近づいたため、退院となりました。

驚いたのはここからで、さぁ退院したし結構はやく産まれるのかもと思っていたら週数が進み38週には子宮口も5cmも開いていて、産婦人科の先生には痛くなったらはやそうだと言われていたのですが、そのまま39週、40週となんと予定日をあっさり超過しました。

相変わらず子宮口は5cm開いている状態で。

結局、41週に入って今度は誘発分娩のために入院しました。

陣痛誘発剤を使って痛みが来ればはやいかもと思ったのですが痛みが徐々に来ても今度は子宮口の開きが進まない!

ついでに赤ちゃんも降りてこない!

痛みはかなり来ているのにお産はまったく進まず何度ももう切って欲しいと助産師さんに言っては宥められました。

3200gの我が子が生まれたのは41週とさらに1日がほぼ終わった日の夕方でした。

初期の出血で流産を心配し、後期は切迫早産を心配したのにこれでもかというほど私に居座って、髪もフサフサ、顔つきもしっかりでずっしりの赤ちゃんでした。

食欲もよく、出産でだいぶ出血した私では母乳の生産は追い付かず、母子同室はほぼ空腹でなく赤ちゃんを抱えて呆然と過ごしました。

二人目だからといって油断禁物!一人目とだいぶ違った妊娠・出産

予定外の、予想外の妊娠でした。

でも、やっぱり嬉しくて、早く会いたいと楽しみにしていました。

第一子妊娠のときもそうでしたが、なんと第二子妊娠時もつわりはありませんでした。

体質なのでしょうか。

体調が悪くなることも、食欲が落ちることもありませんでした。

第一子妊娠のときとは住んでいる場所が違ったので、産婦人科も初めてのところでした。

古くからある産婦人科で、夫が生まれたところでもあります。

建物は古く、昭和な雰囲気が漂っていますが、先生の腕は評判で、看護婦さんも優しくテキパキとしていて、定期健診も毎回スムーズでした。

二人目ということもあり、里帰りはしないことにしました。

早々に仕事も辞め、長女と妊婦生活を送りました。

2歳の長女は遊びたい盛り。大きなおなかで公園に行ったり、家の周りで遊んだり。

長女妊娠のときよりもおなかが大きいような気がしました。

だんだん大きくなるにつれ、動くのがしんどくなってきました。

ここが、長女出産のときとの違いです。

ちょうどイヤイヤ期でもあり、イライラすることも。

それでも弟(第二子は男の子でした)の誕生を楽しみにして、出産のときにも応援してくれました。

一晩中陣痛が続いた初産のときとは違って、朝なんだかお尻のあたりが痛いなと思い、病院に連絡してから行くと、到着した時点でもう子宮口が開いていました。

分娩台は2度目といえどもやはり緊張します。

2度目といえども痛いものは痛いのです。

先生が違えばやり方も違い、この時は破膜して破水させました。

分娩台の横で2歳の長女が「マーマ、頑張れ! マーマ、頑張れ!」と拳をあげながら応援してくれました。

「うん、頑張るからね。待っててね」と答え、山場を迎えます。

長女は一度退散しました。

何度もいきんで、おぎゃーと生まれました。

元気な男の子です。

手足をバタバタと動かして真っ赤な顔で泣いていました。

分娩台の上で出されたリンゴジュースを一気に飲み干しました。

なんとおいしいことだったでしょう。

隣では生まれたての息子が寝ています。

手足を動かすので掛物がめくれてしまいました。

「こんな元気な赤ちゃん初めて」と看護婦さんが言いました。

出産翌日からは母子同室となりました。

家で母と弟の帰りを待つ長女。

面会に来た時に、病院の玄関で私の靴を出してくれました。

一緒に帰れると思ったのです。

もう少しだからねと言って、お姉ちゃんになった長女に頑張ってもらいました。

その後無事退院し、新たな家族を迎えた生活がスタートしたのでした。