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  • 妊娠中はいつもワクワク!赤ちゃんの準備が楽しかった

    私が妊娠に気づいたのは、妊娠二か月くらいの頃でした。

    生理が遅れていたのもありましたが、嗅覚が鋭敏になり、つわりらしきものも少々ありました。

    一番つらかったのは通勤のバスの中でした。

    今まで感じなかった臭いがあれこれ襲ってくるのがバスの中で、なんでこんなに臭いが気になるんだろう、と思い始めてから、自分の体調の変化に気が付いて、産婦人科を受診したら、赤ちゃんの入る袋が写ったエコー写真を渡されました。

    胎嚢というものです。

    ごく初期の段階だったので、まだ気をつけて過ごすように言われました。

    つわりが落ち着いたあとは妊娠、出産に対するモチベーションが上がった

    そこからはつわりもなくなり、順調に赤ちゃんは育ちました。

    この頃は妊娠や出産が未知のものだったので、それらの事を知るために、本を読みました。

    そして妊娠、出産、子育てに関して、気持ちが軽くなるエッセイ漫画を見つけて、何度も繰り返し読みました。

    それに妊娠中は体が温かく感じ、お腹は重いものの、うきうきわくわくする気持ちがわいてきました。

    今考えると、ホルモンがそうさせていたようです。

    赤ちゃん用の肌着を縫ってみたり、ちょっとした赤ちゃん用の買い物をしたり、友人にベビーカーやベビーバスを借りたりして、準備も楽しんでやっていました。

    それから、出産を予定していた病院で妊婦健診もしていたのですが、私がもともと大柄だったからなのか、体重が増えても注意されないので、いけないと思いつつ、ずいぶん食べていました。

    食パンをたくさん食べていました。

    本当にいけないのです。

    でも食べたい物は食パンや、普段はあまり食べたくならないカップラーメンなどで、我慢が出来なかったのです。

    そんな風に不思議なくらい食の好みも変わります。むしろそのことは面白がって受け止めていました。

    本当なら魚や野菜などを多く食べるべきでした。

    お腹が大きくなると、足の爪を切ることもできなくなり、夫に切ってもらったり、夜寝ている間も寝返りのたびに目が覚めたり、体の変化に伴う生活の変化は面白かったです。

    今思えば一人で好きに過ごせる最後の時間でした。

    そのことに気づいていたら、もっといろいろなところに出掛けたりしたと思います。

    出産後、今息子は中学生で、あれから何年も経ちますが、身が二つになってから、子どもの事が中心で、すべては子どもの事情と絡めて決めていかなくてはならなくなりました。

    自分とは違う人間の息子の事を、いつもいつも考え、それを基準にして自分が何ができるのか選びます。

    そのことを母の喜びとして受け止められるほど人間が出来てはいないのですが、産む前よりは、深みのある人生だと感じています。


  • タクシーをひろう時に思い出す2人目の出産のこと

    私は車の運転をしないので急な用事の際は年に何度かタクシーを利用することがあります。

    2人目の出産の時もそうでした。

    陣痛がきて病院に電話をすると「今から来てください」と言われ、上の子を連れて外に出てタクシーをひろおうとしました。

    タクシー会社に電話をして待つよりも大きい通りに出てしまった方がつかまりやすいと考えたんです。

    主人は仕事中だったので車に乗せてもらうこともできません。

    こうなることはある程度予想できていたので、タクシー代ともしもの時の荷物は準備してありました。

    外に出ていつもタクシーがよく通る場所に立って待ってみました。

    しかし、なぜかその日に限ってタクシーがぜんぜん通らないんです。

    「焦っちゃダメ!」そう心の中で自分に言い聞かせましたが陣痛がくる度に不安になってしまいます。

    「こんなところで生まれたらどうしよう…」という思いと「上の子にも立ち会ってもらいながら思い出深い出産にしなきゃ!」という願いがありました。

    そのため、焦るなと言い聞かせてもドキドキが止まりませんでした。

    上の子を握る手も強くなり、連れ回しながらちょこちょこと移動してタクシーを探し、やっと止まってくれたんです。

    その時タクシーを止めた私の手は震えていたと思います。

    運転手さんは大きなおなかの私が荷物を持って子供を連れていることに出産が近いと察したのかちょっと険しい表情をしていました。

    だからといって遠慮するわけにもいかないので「陣痛がきているのでなるべく急いでください」とお願いをし、とりあえずタクシーに乗れたことにほっとしながら病院に向かったものです。

    運転手さんは終始無口でした。

    きっと緊張されていたんでしょう。

    あれから数年経ちますが、あの時ほどタクシーに乗りたい!助けて!と強く思ったことはいまだありません。

    だからこそ今でもタクシーをひろう時にその時の記憶が蘇って懐かしい気持ちになります。

    家の近くの大きな通りに立って手をあげてタクシーをとめる瞬間、あの時の不安や焦りとついに出産を迎えるという高揚感がみるみるこみ上げてきます。

    出産そのものの苦しさはある程度忘れてしまったというのにこの記憶は消えないのが不思議です。

    もうひとつ不思議なこともあります。

    それは、あの時あれほどタクシーがつかまらなかったというのにそれ以降はすんなり乗れているということです。

    タクシーがすぐ見つかってすぐ止まってくれる時にいつも笑い出してしまいそうになります。


  • 忘れられない喜び!第一子の妊娠・出産の思い出

    毎月ほとんどずれることなく来る整理が来ませんでした。

    もしや? と思い、市販の妊娠検査薬を使ってみるとくっきりと陽性反応を示しました。

    嬉しさがこみ上げてきますが、病院へ行ってみなければ確実ではないと、喜びを抑え早速産婦人科へ行きました。

    産婦人科なんて初めてです。

    ドキドキしながら扉を開け問診票の記入をしました。

    大きなおなかの妊婦さんが数人いました。

    いざ、診察に入り見てもらいます。モニターに白黒の画像が映し出されました。

    先生が妊娠を告げます。

    小さすぎて人の形にすらなっていない命に大きな喜びをもらいました。

    そこから人生はじめての妊婦生活が始まったのです。

    身体は若干重だるい感じがありましたが、幸いつわりというつわりはなく、食欲が落ちるということもありませんでした。

    それどころか食欲は旺盛で、逆に体重増加に気をつけなければなりませんでした。

    また、貧血気味だったので鉄剤を処方されていました。

    妊娠前から飲んでいた市販の便秘薬も、産婦人科で処方してもらったものに変えました。

    妊娠中はもちろん禁酒禁煙。

    もともと毎晩ビールを飲んでいたのですが、アルコールを断つことはできました。

    時々ノンアルコールビールを飲んだりして。

    コーヒーもノンカフェインのものに変え、タンポポコーヒーなどを飲むようにしていました。

    おなかが大きくなるにつれ、最初はお豆のようだった命も、人の形になってきました。

    五か月頃からは胎動を感じました。

    元気におなかを蹴る、ぐるりと動くその感覚が嬉しいのです。

    順調に大きくなり、出産一か月前には里帰りをしました。

    初めての出産でしたので、里帰り出産を選んだのです。

    先生からは歩きなさいと言われていたので、毎日冬の寒い中、「早く出てきてね」と心の中で話しかけながら歩きました。

    毎日のウォーキングが効いたのでしょうか。

    初産なのに予定日の夜に陣痛が始まりました。

    時計とにらめっこしながら陣痛の感覚を測ります。

    もうすぐ会えるんだと思いながら緊張感が走ります。

    一晩中時計を見ていたら夜が明けはじめ、その頃には5分間隔の陣痛になっていました。

    病院に連絡をして向かいました。

    病室に入ってからも陣痛は続いていましたが、まだ耐えられるレベルでした。

    それからいざ分娩台へ。

    モニターをつけられ、だんだん陣痛も激しくなってきました。

    このあとはもう必死です。

    早く出てきて! と歯を食いしばりながらいきみます。

    息も絶え絶えにいきんだ瞬間、ボロンボロンと出てきました!

    泣き声が聞こえます。

    生まれたての我が子にご対面。

    初めて抱いた重さと暖かさは忘れられません。

    生まれてきてくれてありがとう。


  • 切迫早産だったのに、出産は予定日超過で誘発剤を使用

    私の妊娠は初期の出血に始まり、緊張のスタートでした。

    つわりは幸い重いほうではなく、吐いた回数も片手で足りる程度。出血が治まってからは、血圧も尿検査も体重も注意を受けることなく、赤ちゃんも順調に大きくなっていきました。

    出産は里帰りを予定していたので、病院も32週くらいから里帰り先の病院へ転院して検診を受けることにしていました。

    そして、その転院先での初めての検診でまさかの入院に!

    子宮頸管という部分が短く、早産の心配があるということで先生から安静が言い渡されました。

    外来からは車イスで病室へ移動。

    入院のための準備は出産のときのために少しまとめただけで、しかもこの日は当然まだ持ち歩いたりはしていませんでした。

    その日から約3週間、ひたすらベッドに横になる日々。

    最初の頃はシャワーさえ浴びれず、お湯で絞ってもらったタオルで体を拭くだけでした。

    それでも、私はまだお腹の張りもあまりなかったので、張り止めの飲み薬だけでよかったのですが、同じ病室には常時張り止めの点滴をしている方もいてとても大変そうでした。

    赤ちゃんは毎日モコモコとよく動き、よほどはやく出たいのだと感じましたがまだ出してあげるわけにはいきません。

    慎重に経過を見てもらい、頸管が入院時の1.8cmから3cmに回復したところで週数も正期産に近づいたため、退院となりました。

    驚いたのはここからで、さぁ退院したし結構はやく産まれるのかもと思っていたら週数が進み38週には子宮口も5cmも開いていて、産婦人科の先生には痛くなったらはやそうだと言われていたのですが、そのまま39週、40週となんと予定日をあっさり超過しました。

    相変わらず子宮口は5cm開いている状態で。

    結局、41週に入って今度は誘発分娩のために入院しました。

    陣痛誘発剤を使って痛みが来ればはやいかもと思ったのですが痛みが徐々に来ても今度は子宮口の開きが進まない!

    ついでに赤ちゃんも降りてこない!

    痛みはかなり来ているのにお産はまったく進まず何度ももう切って欲しいと助産師さんに言っては宥められました。

    3200gの我が子が生まれたのは41週とさらに1日がほぼ終わった日の夕方でした。

    初期の出血で流産を心配し、後期は切迫早産を心配したのにこれでもかというほど私に居座って、髪もフサフサ、顔つきもしっかりでずっしりの赤ちゃんでした。

    食欲もよく、出産でだいぶ出血した私では母乳の生産は追い付かず、母子同室はほぼ空腹でなく赤ちゃんを抱えて呆然と過ごしました。

    二人目だからといって油断禁物!一人目とだいぶ違った妊娠・出産

    予定外の、予想外の妊娠でした。

    でも、やっぱり嬉しくて、早く会いたいと楽しみにしていました。

    第一子妊娠のときもそうでしたが、なんと第二子妊娠時もつわりはありませんでした。

    体質なのでしょうか。

    体調が悪くなることも、食欲が落ちることもありませんでした。

    第一子妊娠のときとは住んでいる場所が違ったので、産婦人科も初めてのところでした。

    古くからある産婦人科で、夫が生まれたところでもあります。

    建物は古く、昭和な雰囲気が漂っていますが、先生の腕は評判で、看護婦さんも優しくテキパキとしていて、定期健診も毎回スムーズでした。

    二人目ということもあり、里帰りはしないことにしました。

    早々に仕事も辞め、長女と妊婦生活を送りました。

    2歳の長女は遊びたい盛り。大きなおなかで公園に行ったり、家の周りで遊んだり。

    長女妊娠のときよりもおなかが大きいような気がしました。

    だんだん大きくなるにつれ、動くのがしんどくなってきました。

    ここが、長女出産のときとの違いです。

    ちょうどイヤイヤ期でもあり、イライラすることも。

    それでも弟(第二子は男の子でした)の誕生を楽しみにして、出産のときにも応援してくれました。

    一晩中陣痛が続いた初産のときとは違って、朝なんだかお尻のあたりが痛いなと思い、病院に連絡してから行くと、到着した時点でもう子宮口が開いていました。

    分娩台は2度目といえどもやはり緊張します。

    2度目といえども痛いものは痛いのです。

    先生が違えばやり方も違い、この時は破膜して破水させました。

    分娩台の横で2歳の長女が「マーマ、頑張れ! マーマ、頑張れ!」と拳をあげながら応援してくれました。

    「うん、頑張るからね。待っててね」と答え、山場を迎えます。

    長女は一度退散しました。

    何度もいきんで、おぎゃーと生まれました。

    元気な男の子です。

    手足をバタバタと動かして真っ赤な顔で泣いていました。

    分娩台の上で出されたリンゴジュースを一気に飲み干しました。

    なんとおいしいことだったでしょう。

    隣では生まれたての息子が寝ています。

    手足を動かすので掛物がめくれてしまいました。

    「こんな元気な赤ちゃん初めて」と看護婦さんが言いました。

    出産翌日からは母子同室となりました。

    家で母と弟の帰りを待つ長女。

    面会に来た時に、病院の玄関で私の靴を出してくれました。

    一緒に帰れると思ったのです。

    もう少しだからねと言って、お姉ちゃんになった長女に頑張ってもらいました。

    その後無事退院し、新たな家族を迎えた生活がスタートしたのでした。


  • 可愛い天使に出会えることができて幸せです。

    私は19歳という若さで娘を妊娠しました。

    私の場合望んだ妊娠だったので妊娠検査薬使用後、産婦人科にて改めて検査してみたところめでたく妊娠していました!

    当時は、体のだるさや軽くつわりがありもしかして・・・という感じでしたね。

    私はつわりが吐きつわりで基本何を食べても吐いてしまっていました。

    ですがまだましだった食べ物もわりました。

    たくあん、お茶漬けなどのさっぱりしたものはまだ食べれましたね。

    その頃はあまり食べれなかったこともあり、サプリメントの葉酸を必ず摂取するようにしていました。これを摂取することによって必要な栄養が得られます。

    妊娠したら貧血になる方も多いかと思いますがこれを飲むと安心できます。

    このつらかったつわりも五か月もすれば収まりました。逆にこの頃からは食欲が増してきました。

    私は出産するまでにプラス10kg近く増量してしまいました・・・。

    体重が増量しすぎると赤ちゃんにも影響してしまうので注意ですね。

    私は出産予定日10日前までコンビニエンスにてアルバイトをしていました。

    元々は会社員として事務仕事をしていましたが、いづらくなりやめてしまいました。

    やはりストレスになってしまうとよくないですしね。

    私は旦那両親と同居しているという理由もあり、家にいて気まずかったり動かないよりは働こう!と思いアルバイトしていました。

    実際に働いてよかったのは、すごくリフレッシュできること、また体を動かすことができるのでいい運動にもなります。

    しかし、私は知り合いにアルバイトを紹介してもらったので働くことができました。

    普通ではまず雇ってもらえるところはないので、探す場合は知り合いを通じて探した方が融通もきくので無理してすることもなく良いと思います。

    時間の言うもの過ぎるのが早くあっという間に出産までに至りました。

    予定日よりも4日過ぎたのですが前日に私は入院してしまいました。腎臓が腫れ熱が38度以上出てしまい深夜に入院しました。

    点滴をうちましたが熱は下がらずでした・・・。

    朝になりトイレに行こうと思い立ち上がった際に違和感が。破水していました。すぐにナースコールをし確認してもらい、陣痛室へ移動しました。

    今日中にはうまれるかな?と思いながらこの時はまだ呑気にてれびを見ていました。

    旦那にも報告しお昼から仕事をやんで一緒にいてくれました。

    少しずつ陣痛がひどくなっていくにつれ、余裕なんてなくなり最終的には叫んでいました(笑)旦那は私のそんな姿を見て辛くなったのか泣きくずれダウンしました。

    いきんではいけないのにいきんでしまいまだ!?って何回も言っていました。

    いよいよ出産なってからは20分程度で生まれました!

    出た瞬間にあの痛みはなくなり疲れよりもう元気になりました!

    ちなみにあと15分遅く生まれていたら私と同じ誕生日でした!

    もう少し頑張ればよかったかなと思いながら、あの痛さはやっぱり耐えることはできなかったなと思います。

    前日にあった点滴をしても下がらなかった熱は出産後にすぐ下がりました。

    圧迫されていたことによって出ていたみたいです。

    出産まで大変でしたがやっぱり我が子は可愛く産んでよかったなと思いました。

    この子に出会えたことに感謝して、子育ても頑張っていこうと思います。